わたしたちの五島市
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(1)カネミ油症(ゆしょう)事件のおこり
 
かい君,つばきちゃん
 
いつ、どこで、どのようにしておこったの
 
 

 1968(昭和43)年夏ごろから、福岡県や長崎県を中心に奇病(きびょう)が発生しました。ひどい吹き出物や膿(うみ)をもった腫れ、つめの変形や変色、大量の目やに、手足のしびれ、疲れやすいなど、さまざまな病状(びょうじょう)で病院を訪れる人が急増(きゅうぞう)しました。長崎県では、下五島(現在の五島市)に被害者(ひがいしゃ)が多く出ました。
 原因は、カネミ倉庫製(そうこせい)の米ぬか油にまじったPCB(ポリ塩化(えんか)ビフェニール)やダイオキシン類でした。当初、約1万4000人の人が被害をとどけ出ました。現在までに、そのうち1900人余りのカネミ油症被害者(ひがいしゃ)として認定(にんてい)されています。
 多くの被害者が、原因企業であるカネミ倉庫、PCB製造企業(せいぞうきぎょう)の鐘淵(かねがふち)化学工業、国などを、裁判所(さいばんしょ)に訴(うった)えました。これをカネミ油症事件といいます。

 
かい君,つばきちゃん
 
どんな症状があるの
 
 

 水俣病(みなまたびょう)の研究で有名な原田正純(はらだまさずみ)先生は、カネミ油症を「病気のデパート」と例(たと)えるほど、実にさまざまな症状(しょうじょう)があります。
 事件のおきた当初は、強い倦怠感(けんたいかん)(疲れ)とともに大量の吹き出物や目やに、つめや歯茎(はぐき)の変色など、皮膚(ひふ)症状が主でした。特に、吹き出物は顔や背中、耳の後ろやおしりなど全身にできて、ひどい悪臭がしました。
 そのうちに、髪(かみ)の毛が大量に抜(ぬ)けたり、視力(しりょく)が低下したり、耳が聞こえにくくなったりしました。また、脳梗塞(のうこうそく)で倒れたり、歯がぐらぐらして抜けたり、骨の変形や関節(かんせつ)の痛(いた)みで歩けなくなったりと、全身におよぶ疾患(しっかん)で苦しむようになりました。また、さまざまなところにガンができて、亡くなる患者(かんじゃ)が増えていきました。
 やがて、皮膚(ひふ)の黒い赤ちゃんも生まれるようになりました。カネミ油症は、まさに全身病なのでした。

 
かい君,つばきちゃん
 
原因となったPCBやダイオキシン類とは、どんなものなの
 
 

 PCBは、人間が人工的につくりだした化学物質で、もともと自然界には存在(そんざい)しないものです。PCBには、以下のような特徴(とくちょう)があります。

  1. 熱に強く燃えにくい。
  2. 酸(さん)やアルカリに強い。
  3. 腐(くさ)らない。
  4. 水には溶(と)けにくいが、油や有機溶剤(ゆうきようざい)にはよく溶ける。
  5. 蒸発(じょうはつ)しにくく、薄(うす)い膜(まく)になりやすい。
  6. 電流(でんりゅう)や熱(ねつ)を伝えにくい。
 


 このような便利(べんり)な特徴(とくちょう)をもっていたため、PCBは当時「夢(ゆめ)の化学物質」ともいわれ、家電をはじめ、さまざまなところで使われました。

 
性  質
製  品
熱に強い
(カネミ倉庫ではこの性質を利用してPCB を加熱(かねつ)し、米ぬか油を脱臭していた。)
各種(かくしゅ)工業用の加熱装置(かねつそうち)、冷却装置(れいきゃくそうち)、ボイラー、乾燥機(かんそうき)など
   
電流や熱を伝えにくい 蛍光灯(けいこうとう)、水銀灯(すいぎんとう)、洗濯機(せんたくき)、冷蔵庫(れいぞうこ)、電子(でんし)レンジ、テレビ、ドライヤー、クーラーのコンデンサー
   
燃えにくい 各種プラスチック、ゴム、建材(けんざい)、タイル、カーテンなど
   
その他 感熱紙、カーボン紙、金属やコンクリートのコーティング、自動車、建築用(けんちくよう)シール剤、つや出し(マニキュアなど)、電線・ケーブルなど
※PCBは、1972年以降生産中止になりました。
 

 しかし、このような便利な特徴(とくちょう)は、裏(うら)を返せばきわめて不自然(ふしぜん)で、危険(きけん)な存在(そんざい)とも言えます。例えば、腐(くさ)らないということは、自然界の中で分解(ぶんかい)されず、いつまでも残り環境汚染(かんきょうおせん)につながります。PCBが人の体内に入ると、長い間に蓄積(ちくせき)され、さまざまな病気を引き起こします。
 カネミ油症事件では、環境汚染どころか、人の体が汚染されたのです。PCBは、やはり体内でも分解されず蓄積されて、50年近くたった今でもさまざまな病気をひきおこしています。
 しかし、全身病であるカネミ油症の主たる原因は、PCBではなく、その何千倍もの毒性をもったダイオキシン類であることがわかってきました。ダイオキシン類※は、PCBが熱変化してできる化学物質で、PCBよりもさらに強い毒性をもっています。

 
かい君,つばきちゃん
 
被害者はどんな苦労(くろう)をしたの
 
 

 PCBを含んだカネミ油は、1968(昭和43)年2月ごろから10月ごろ、主に福岡県の北九州市や長崎県の五島市で販売(はんばい)されました。そのため、五島市にはたくさんの被害者が出ています。
 この油は、初め、米ぬか油を使った高級油として売り出されましたが、五島ではこの時期大安売りされたという話もあります。当時は、今のように道路が整備(せいび)されておらず、船便で運ぶのはいっそう不便でした。そのため、人々は、近所で油を売る店も限られていましたから、「値段」や「それがどんな油か」などあまり考えずに、毎日の食卓に必要だからと買っていました。

 
被害者Aさんの話
 この油で、でんぷらを揚げると、たくさんの泡(あわ)がたちました。火事が心配で火を小さくして揚(あ)げました。昭和43年ごろの油は、とても高級品で家族はおいしそうに芋のてんぷらやドーナツを食べました。
 4月か5月ごろだったか、家族に黒にきびや吹き出物が出てきました。目やにも多くなり、つめも黒っぽくなってきました。そのうち、吹き出物からジュルジュルと膿(うみ)やラードのようなものが出てきて、ひどい臭いがしました。
 8月になると、診療所は腫(は)れ物や目やに、腹痛(ふくつう)、吐き気、めまいなどを訴える患者であふれるようになりました。ベッドが不足し、廊下にも患者を寝かせていました。
 髪の毛が抜けてしまった若い人も見かけるようになり、そのうちかつらをつけるようになりました。また、皮膚の黒い赤ちゃんが生まれるようになってから、中絶したり、結婚をあきらめたりする人も出ました。
 発症当時は、吹き出物などの皮膚症状が多かったのですが、時間がたつとガンになる人が増えました。肺(はい)ガン、肝硬変(かんこうへん)、胃ガン、子宮ガン、前立腺(ぜんりつせん)ガンなど、ありとあらゆるところにガンはできました。
 油症に認定(にんてい)されると、就職(しゅうしょく)や結婚(けっこん)で差別されることもあり、被害者は認定されても人に話そうとしませんでした。

私が一番つらいのは、愛する家族に私の手作りの料理で、一生の病気を負わせてしまったことです。私の責任だと、ずっと自分をせめてきました。忘れたい、この罪から逃れたいと思いながら生きてきた約50年でした。カネミ油さえ食べさせていなければ、子どもたちがこんなに苦しむことはなかったのにと。悔やんでも悔やみきれません。

 
※ダイオキシン類
ダイオキシン類は、PCBが高温によって熱変化してできる化学物質です。PCB以上に毒性が強く、ベトナム戦争(1960~70年代)のとき、アメリカ軍がかれ葉剤として使用したことで知られています。その後、ベトナムでは森林が枯れ、水や大地が汚染(おせん)されました。かれ葉剤を浴びた人々は、ガンになったり、奇形の赤ちゃんが生まれたりしました。

 
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