わたしたちの五島市
トップページ > 3.みんなで住みよい町に > 3-5.災いを乗り越えて(カネミ油症事件について) > (2)立ち上がる勇気と希望
みんなで住みよい町に
すすむ
もどる

(2)立ち上がる勇気と希望
 
かい君,つばきちゃん
 
被害者たちは、どのように災いを乗り越えていったの
 
 

a 立ち上がるきっかけ ~仮払金返還(かりばらいきんへんかん)※問題~

 1997(平成9)年の秋、農林水産省から仮払金の返還を求める督促状が送られてきました。裁判を親に任せっきりだった子どもたちは、もう大人になり、大半は結婚していました。そこに、国から仮払金返済の請求書が届いたのです。このことがきっかけで、離婚したり、自殺する人まで出ました。被害者たちは、医療費や生活費に使いきっており、働けなくなっている人たちも多く、仮払金の返還は、カネミ油症に苦しんでいるうえに、更に追い打ちをかけました。自分が死んだら、子や孫まで請求がいってしまうと、死んでも死にきれない悲惨な状況に追い込まれました。

b 支援者とともに

 カネミ油症事件が発生した当時は、日を追うごとに全国にたくさんの支援者組織(そしき)ができて裁判を支えました。しかし、裁判が終わるとそれらの組織もなくなり、被害者たちも差別や偏見(へんけん)をおそれて、被害について語らなくなりました。

 東京に「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワーク」という環境(かんきょう)問題に取り組むNGOがありました。このNGOが世界のダイオキシン問題を調べていくうちに、日本にダイオキシン類を直接食べて、被害を受けた人々がいることがわかりました。それが、カネミ油症の被害者だったのです。
 カネミ油症は、日本ではPCBが原因だと思われていたので、ダイオキシン被害であることを知ったNGOの人たちの驚(おどろ)きはたいへんなものでした。早速、被害についての調査を始めました。その結果、健康被害が全身におよんでいることや、病気で働けないために経済的に困っていることがわかりました。被害発生から30年以上がたっても、なお被害に苦しんでいることに驚きました。そして、一番驚いたのは、国への仮払金返還問題で、離婚(りこん)や自殺に追い込まれているというあまりにもつらい現実でした。
 カネミ油症被害者を救うために、新たにNPO・カネミ油症被害者支援(しえん)センター(YSC)を立ち上げ、仮払金返還問題を緊急の課題として解決に乗り出しました。薬害エイズの救済(きゅうさい)に努力された保田行雄弁護士の支援も加わり、それまで差別をおそれて、被害を語らなかった被害者たちが少しずつYSCの人たちに話すようになってきました。そのころ、国会でも油症の問題が取り上げられ、当時の坂口力厚生労働(こうせいろうどう)大臣が「カネミ油症は、ダイオキシン類が主な原因である」と、政府として初めてその事実を認めました。これによって、それまでの診断基準(しんだんきじゅん)が見直されました。
 しかし、仮払金返還問題の解決には、被害者たちが直接いろいろな場で、被害を語ることが必要でした。そうしないと、被害の実情が伝わらず、支援の輪が広がらないからです。それは、たいへん勇気のいることでした。しかし、東京から何度も何度も五島まで来てくれるYSCや保田弁護士たちの善意と励ましに支えられて立ち上がっていきました。

 2005(平成17)年には、被害者が力を合わせて、「カネミ油症五島市の会」をつくり、国や市に救済を訴えるなど、被害者の活動も活発になりました。そして、ついに仮払金返還を免除(めんじょ)するという特例法ができて、この問題については一応の解決ができました。
 しかし、治療法(ちりょうほう)の開発や医療費(いりょうひ)の問題など、まだ多くの問題が残っています。油症被害者には、限られた病院でしか利用できない不十分な受診券(じゅしんけん)があるのみで、いつでもどこでも安心して病院で診てもらえるしくみがありません。カネミ油症事件の真の解決には、多くの時間と人々の協力を必要としています。

 

 
かい君,つばきちゃん
 
五島市は、どんな支援をしているの  
 
~五島市支援行動計画から~
項  目 内  容 活 動 計 画
  • 要望(ようぼう)活動の実施
  • 油症被害者の要望事項を踏まえ、国に対する要望活動を行います。
  • 国が定めた総合的な支援策等に関し、油症被害者からの要望等を国へ進達するとともに必要に応じ国会議員等に対して要望活動を行います。
  • 長崎県との情報交換・意見交換などを行う体制づくりに努めます。
  • カネミ油症患者の健康状態の把握
  • 未認定被害者等を含めた油症患者の健康実態調査・把握に取り組みます。
  • 厚生労働省が実施する油症患者の健康実態調査に協力します。
  • 未認定被害者の実態を把握し、調査内容を県へ情報提供致します。
  • 油症患者の2世・3世の実態や健康状況等の把握に努めます。
  • カネミ油症の症状及び治療に関する研究、医療体制拡充の推進支援
  • 油症検診や油症外来の受診希望者を支援するとともに、受診環境の改善に取り組みます。
  • 受療券が利用可能な医療機関の拡充に努めます。
  • 油症の症状及び治療に関する情報提供に努めます。
  • 油症検診の受診を勧めるなど患者の受診支援を行うとともに、玉之浦・奈留地区に加え、福江地区での実施を要望します。
  • 五島中央病院における油症外来受診者の支援を行います。
  • 被害者のニーズ調査を行い、利用可能な医療機関の拡充のため、医師会等に協力を要請します。
  • 全国油症治療研究班に対して医療関係者に対する研修会の開催について要請します。
  • 「ダイオキシン類の毒性を抑制する可能性がある食材とその成分」に基づいた食物を中心とした食生活について、栄養士による講話と調理実習を行い、健康管理を支援します。
  • 健康を改善・維持するための、安全かつ適切な運動について、理学療法士による健康運動を支援します。
  • 油症相談支援体制の強化
  • 油症被害者に対する相談窓口を充実し、窓口・訪問による相談体制を強化します。
  • メディカルソーシャルワーカーによる油症被害者の相談、健康管理支援を行います。
  • 認定患者(同居家族)の実態調査を行い、相談健康管理支援にあたります。
  • カネミ油症事件の次世代への継承
  • カネミ油症被害資料コーナーの充実を図ります。
  • 小中学校の授業においてカネミ油症の学習材を提供します。
  • ダイオキシン汚染などに関する啓発活動に取り組みます。
  • ダイオキシン被害の実態を海外へアピールします。
  • 事件発生後50年記念イベントの開催を検討します。

 

  • カネミ油症関連図書及び映像資料の収集とともに、展示コーナーの充実に努めます。
  • 小学校や中学校において、ウェブ版副読本の積極的な活用を図ります。また、自主的な学習活動に対する支援を積極的に行います。
  • 食品中毒に関する学習会など、啓発活動を支援します。
  • 中学生や一般の方を対象に、要請に応じて「出前講座」を実施します。
  • 五島市ウェブ版を活用し、情報を発信するとともに、海外からの要請に応じて、被害の実態や救済の必要性などについてアピールします。
  • 事件発生後50年(平成30年度)の節目のイベント開催を検討します。そのために、関係者と協議し記念イベント実行委員会(仮称)を設置します。
  • (仮称)カネミ油症50年記念誌の作成に向けて取り組みます。
  • カネミ倉庫への要請
  • カネミ倉庫と引き続き直接交渉を行います。

  • 患者からの医療費の支払い等に関する相談について、カネミ倉庫への照会・要請を行います。
  • 国民医療保険及び老人医療、市立替分医療費の請求及び協議を行います。
  • カネミ油症被害者組織への支援
  • カネミ油症被害者組織に対して、活動費の一部を助成(じょせい)します。
  • 被害者支援体制づくりの充実を図ります。
  • カネミ油症被害者団体の活動に対し、費用の一部を助成する支援を行います。

  • カネミ油症被害者団体を効果的に支援するため、体制づくりの推進と連携強化に努めます。
 


仮払金とは
多くの被害者が1970年代に、事件をおこしたカネミ倉庫やPCBをつくった鐘淵化学(かねがふちかがく)工業、それらの企業(きぎょう)を監督(かんとく)し国民の健康や安全を守る立場の国などを相手取って裁判をおこしました。被害者の数が多いために、裁判をおこした被害者はいくつかのグループに分かれています。五島市の被害者が多かったグループは番号で呼ばれ、第1陣から第5陣まであります。裁判所は、第1陣の控訴審(こうそしん)と第3陣の第一審で、カネミ倉庫だけでなく、鐘淵化学工業や国の責任を認め、被害者に賠償金(ばいしょうきん)を払う判決を出しました。わが国の裁判制度は、三審制を行っているため、裁判はまだ続いていたのですが、裁判所はこの時点で、国と企業に対して被害者に賠償金を支払うように命じました。このとき、国から総額(そうがく)約27億円のお金が支払われました。このお金を仮払金と言います。

仮払金問題の発生
裁判が長引くにつれ、被害者に不利な判決が出るようになりました。最高裁での敗訴(はいそ)をおそれた被害者たちは、1987(昭和62)年に、国への裁判を取り下げました。このときに仮払金の返還(へんかん)問題が発生したのです。被害者たちは、仮払金の返還問題を十分に理解しないまま、裁判に勝ってもらったお金だと思って、病院代や日々の生活費、教育費などに使っていきました。ところが、その9年後、国は直接被害者のもとに、仮払金の返還を求める督促状(とくそくじょう)を送ってきました。お金を返そうにも返せない被害者たちは、たいへん困った状況に置かれました。

さらにくわしく知りたい人は、長崎新聞のホームページへ
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/index.html

 
災害を乗り越えて みんなで住みよい町にTOP トップへ