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県内の地いきのようす
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諫早市・大村市
諫早湾干拓事業(完成した潮受堤防)
有明海、大村湾に向かってすそのを広げる多良山系のふもとに広がっています。諫早市は、諫早氏の本拠地として本名川沿いに発展してきた町で、干拓によって広がった諫早平野は県内でも有数の米の生産地となっています。また、大村市は、大村藩の中心として発展しました。畑作に適した土地があり、にんじんやイチゴなどの栽培が盛んです。
(1)干拓の歴史
諫早湾は干満の差(満潮干潮の差)が6mあり、広い干潟が広がっていました。干潟では多くの魚介類がとれました。しかし、つもっていくがた土のせいで、諫早の低い土地はたびたび洪水の被害にあいました。このような中で、新しく農地を広げ、川の水はけをよくする目的で、干潟を干拓する工事が昔から繰り返されてきました。
 諫早湾の大規模干拓の構想は、昭和27年の「長崎大干拓構想」に始まり、昭和45年の「長崎県南部総合開発計画」、昭和61年の「諫早湾干拓事業」により、潮受堤防と農地が平成19年までに完成しました。
(2)諫早市と合併した地いき
平成17年に多良見町、森山町、飯盛町、高来町、小長井町が諫早市と合併しました。

 
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