五島から世界遺産を!

祈り続ける日々を明日に繋いで

 譲れないもののために、すべてをおいて五島へやってきたキリシタンたち。ろ漕ぎの小さな船で。
待っていたのは命をつなぐのがやっとのくらし。人目につかぬ浜で網を打ち、石ころだらけの山の斜面を耕しながら、家族が寄り添って祈る日々。
 禁教の中、島々のそこかしこで息をひそめ、敬虔な「信仰」が守り伝えられました。
 やがて明治のはじめ悲劇が訪れます。久賀島から上がった迫害の火の手は、42人の殉教者を生み、その炎は島々のほとんどをのみ込みました。棄教を迫る役人の責め苦にあえぎながらも「棄てませぬ!」という信徒たちの悲痛な叫び。
 幾多の苦難が過ぎ去った後、信徒とその末裔達は真っ先に教会を建てようと決心しました。遠く西洋からやってきた異国の宣教師達、その指導を受けながら西洋と日本の建築を見事に融合させた棟梁たち。想いが幾重にもかさなり、島の小さな入江のそばや丘の上に次々に教会が建てられました。リブ・ヴォールト天井の意匠を凝らした教会もあれば、素朴な教会も。

 「祈りの家」には、だれもが素直に温かいと感じるものがあります。
 その陽だまりのようなぬくもりは、祈り続ける人々の心の真ん中で生き続けていきます。
 これからも。

 

世界遺産へ

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、二百数十年もの間密やかに信仰を守り続けた信徒達が、信仰の自由を全世界に向け高らかに宣言したあかしです。
 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、世界遺産登録をめざしています。

※五島市の構成資産は、久賀島の集落奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)です。