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五島市 世界遺産の島 五島
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「見る」長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

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井持浦教会

更新日:2019年9月13日

井持浦教会の外観

明治30年(1897年)建立
教会の保護者:ルルド出現の聖母
郵便番号:853-0411
長崎県五島市玉之浦町玉之浦1243

井持浦教会地図

  • 井持浦教会
  • 井持浦教会のルルド
  • 井持浦教会の内観

井持浦教会は五島の他の教会と同じく江戸時代末期に大村藩から五島に移り住んだ潜伏キリシタンにより信仰の歴史が始まりました。

井持浦教会の建っている玉之浦一帯は、五島に迫害の嵐が吹き荒れた明治初期、唯一迫害を逃れた地区です。

地元の伝承によると、大村藩が側近のキリシタン鶴田沢右衛門を五島に流刑にしたところ、五島の藩主は領地であった玉之浦の立谷(大宝寺所有)を与え、ここに住むことをゆるしました。

また玉之浦地区は島の中心地から非常に遠隔の地理的条件もあり、キリシタンの探索や迫害を逃れた理由ではないかのことです。

当時、玉之浦湾の漁獲物を塩漬けにするための塩の生産が藩の財政を潤す重要な産業となっていましたが、これに従事していたのが潜伏キリシタンであったことなども迫害を逃れた要因ではないかと伝えられています。

明治30年(1897年)、全五島の宣教と司牧を委ねられたフランス人宣教師ペルー師の指導によりリブ・ヴォールト天井を有するレンガ造りの立派な教会が建設されました。

島内における木造からレンガ造りへの移行のハシリと位置付けられた教会です。

当時、日曜日のミサには井持浦の集落ばかりでなく浅切、黒小浦、蕨浦といった島山島の集落や、玉之浦湾に面した荒川、布浦、銭亀崎、山浦、一里鼻、笠神、イスズミ、赤崎といった小集落からろ舟を漕いで参加していました。遠い所は船で片道2時間あまりかかり、一日がかりのミサ参加でした。

  • アクセス
    福江港、福江空港からいずれも車で60分
  • ミサの日
    <第2水曜日、第4水曜日、第5水曜日> 17時
    <第1土曜日、第3土曜日、第5土曜日> 17時
    <第2日曜日、第4日曜日> 8時30分
  • 開閉(鍵)
    通常は開いています
  • 拝観可能時間
    9時から17時
  • その他
    駐車場有(50台)、トイレ有

周辺案内図

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